いのちを任せる

 4月7日の長崎新聞・読書日和では、1947年生まれの歌人・永田 和宏の作品「歌に私は泣くだろう 妻・河野 裕子 闘病の十年」が紹介されていました。本のタイトルの通り、著者の妻・河合 裕子さんが晩年、闘病されていた10年間を永田さんが歌と共に振り返る一冊になっています。

 二人の出会いは、大学時代・京都大学二年生の頃、同じ京都の京都女子大で一つ上であった河合さんと出会ったそうです。二人は同じ歌人同士、恋人の時も、夫婦となり親となっても、四十年に渡って、歌をお互いに読み続けてきたそうです。そんな中、2000年の秋頃に妻・河合さんの身体に癌が見つかり、それからは夫婦二人での闘病生活が始まったそうです。精神的にも肉体的にも追い詰められていく中で、2008年8月に家族4人で京都旅行をしたそうです。大原の寂光院へお参りしたときの歌が残っています。


 みほとけよ 祈らせ給へ あまりにも 短きこの世の 過ぎゆくわれに


 闘病生活を始めてから、8年経過し、少しずつ、確実に死が迫ってくる中で、手を合わせること以外、残っていません、と語っています。誰にも頼ることができず、為す術もない中で、生きていかなければならないとき、自然と仏様に手が合わさるんですね。今まで、お寺にさえお参りしたことがない方でも、様々な縁に導かれて、仏様に出会うことは大変有り難いことだと思います。

 お寺の本尊であります阿弥陀如来、阿弥陀様は、この私が仏様と出会うまでの十劫と言う、とてつもなく長い時間、ひたすら待っておられました。今まで生まれ変わり死に変わりしてくる中で、この私も、お坊さんに成らせて頂いて、手を合わせて頂いています。今はまだ、仏様とのご縁がない方も、見捨てずに手を合わせる事をずっと願っておられるんですね。

 そして、手を合わせてお念仏を口からだそうと思った瞬間から、死後のことは仏様に任せることができるんです。だからこそ、河野さんが亡くなる前日に残された有名な詩、

 

 手をのべて あなたとあなたに 触れたきに 息が足りない この世の息が


が、生まれたのではないでしょうか。死んだ後の世界に不安がないからこそ、生きている今の世界を臨終を迎えるまで、精一杯生きることができると思います。この私も、手を合わせるご縁を頂いたことに感謝しつつ、最後の一息まで生き抜きたいものです。




※注意

これは私が日々の生活の中で、感じたことを自由にお話にさせて頂いております。

宗教上の違いや、個人での捉え方にも違いがあることがあります。

また、編集の際に気をつけておりますが、誤字脱字があるかもしれません。

予めご理解いただきますようお願いいたします。


 


閲覧数:13回

最新記事

すべて表示